ベルヌーイの定理で説明すべきでない事例ーその1  Cases that should not be explained by Bernoulli's theorem-Part 1.

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  別資料「揚力発生のメカニズム」で実験しながら述べましたが、

「空気が高速で流れているからと言って、そこの気圧が低いとは言えない」

し、

「理想気体とは全く異なった、粘性もあり圧縮性に富む空気中での事象にはベルヌーイの定理は適用出来ない」

のです。

 当のベルヌーイ氏が「外力のない非粘性・非圧縮性流体の定常な流れに対してのみ成り立つ」とはっきりと断わっているのです。皆さんはどうしてこれを無視するのでしょうか?

 現実の身の回りの雰囲気は1kgf/㎠もの大きな力で圧縮されているし、粘性もある。この空気中での事象にベルヌーイの定理が適用できないのは当然なのです。

 と言うことで、空気力学の解説でわかりやすい事例としてよく取り上げられるいくつかの事象のメカニズムについて、ベルヌーイの定理を用いない明快な説明が必要になります。


 1、吊り下げた2本の円柱 

 「吊り下げた2本の円柱の間に息を吹き込むと、ベルヌーイの定理で息の流れの気圧が周りよりも低くなり、円柱が流れに吸い寄せられてくっつきそうになる。」というものです。

  これは簡単に実物を作って確認できるので、ベルヌーイの定理の説明、というアトラクションや絵での説明によく使われるようです。


  しかしこれはアメリカのアンダーソン博士とエバーハート博士が指摘されるように、ベルヌーイの定理ではなくコアンダ効果による、とするのが正解なのです。


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コアンダ効果 (ウィキペディア)

 粘性流体の噴流(この場合空気)が、近くの壁に引き寄せられる効果のこと。噴流が、周りの流体を引き込む性質が原因。

 ルーマニアの発明家コアンダがジェットエンジン機の実験の中で発見したので彼の名前にちなむ。

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 コアンダ氏はジェットエンジンからの猛烈な気流がエンジンから離れたところでは地面にへばりつくように流れる様子に気が付いたのでしょうか?それとも近くの建物の壁だったのでしょうか?

 実は解説のほとんどがコアンダ効果は「噴流」の場合だけ発生するかのように記載していますが、それはコアンダ氏が発見したのがジェットエンジンからの噴流の事象だったからであり、また我々の住むこの空気中で空気の流れを作れば噴流になると言うだけのことであって実際には全体が流れている場合でもコアンダ効果が現れます。

  私の実験の写真です。吊り下げた画用紙の右側にも気流を流してみました。つまり流れの中に画用紙を吊り下げた状態で、画用紙の左右に流れが存在します。それでも画用紙はコアンダ効果で左側に引き上げられます。

 空気中を進む飛行機の翼の周りや、水中を進む水中翼船の水中翼の周りがこれと全く同じで、翼の上下(写真では左右)両側に同じ流れがある場合でもコアンダ効果は起こるのです。

 ただし、「二本の円柱」の場合は円柱の両側に同じ力が働くと円柱は動かないので、片側(二つの円柱の間に、がミソ)に気流を流しているのです。

 つまりここで言いたいことはコアンダ効果の説明には、流れを噴流に限定しなくともいいということなのです。

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  「二本の円柱」に戻って、吹き込んだ息の流れはコアンダ効果で円柱にまとわりついて円柱の後ろに回りこもうとします。

 その時、流れの方向を変える反作用で円柱を流れの方向に引っ張るのです。つまりコアンダ効果で流れが曲がるときに円柱を動かす力が働くという訳です。

 しかし、実際に円柱に接した面の気圧が低くなって円柱を引っ張るのですからややこしくなります。

 言い換えると、流れそのものの気圧が下がるのではなく、コアンダ効果で流れが曲げられる時に流れが膨張させられて気圧が下がるのです。図1。

                   図1

  この他にも、このようなベルヌーイの定理を持ち出して解説している事例は、どれもが風船や円柱などの丸い面を持っています 丸い面には流れが沿い易く、コアンダ効果が起きやすいということです。四角いものでも空気を曲げることができれば効率は悪いですが同様に力は発生します。


  以下に示す私の実験でも明らかなように流れの方向を変える場合は引き寄せる力が働きます。

 以下、写真1は流れなし、写真2は流れあり。(流れている時、吹き出し口から白い毛糸が出るようにしました:赤い矢印の先に毛糸が出てくる)

 平板ならば吸い寄せられることはありません。つまり、流れているところの気圧が低いなどということはないのです。

 平板では流れがあっても垂らした画用紙が全く動かないということは、流れの気圧は雰囲気の気圧と同じである証拠なのです。 写真3。

         写真1(流れ無し)


         写真2(流れ有り)


         写真3(流れ有り)


 このように空気中では流れが速いところが周囲より気圧が低いと言うことはありません。その理由は、もうすでに周囲との気圧の差は音速であっという間に解消しているからです。しかも気圧が低いところから雰囲気圧に変化しているのでは無く、気圧の高いところから雰囲気圧に変化しているのです。


 この例と似ているものに空気を上向きに吐き出しておいて、ピンポン球などを流れに乗せると常に流れの中心に引きつけられて落ちない、というものがあります。壁のような動かないものなら流れが壁に添いますが、ピンポン球のような軽いものはピンポン玉の方が流れに引き寄せられるわけです。

 空気の代わりに水を使えば、水は質量が空気の約770倍もあるので、少し重いボールでも同様な事象となります。


 それらの説明の全てが、流れのあるところの気圧が低いから流れの本流に吸い寄せられているのだ、としています。しかしそれらもコアンダ効果による事象なのです。吹き上げられた水流の流れが周りの気圧よりボールを引き寄せるほど圧力(水圧)が低い、などと考えられます?


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 別の角度から考えてみます。

 口を尖らせ、息を吹き出してごらんなさい。

 その時、口の中は周りよりも気圧が高いから、気圧の低い口の外へ吹き出てくるんですよね。

 出てきた途端、息は膨張して周りと同じ気圧になってその後は慣性で動いて行くのです。

 高い気圧で出てきた息(空気)が、周り(雰囲気圧)よりも気圧が低くなる理由などどこにもないのです。

 百歩譲って、もし吹き出た息が周りよりも気圧が低いというのなら、周りから気圧の低いところに空気が集まってきて、口の口径より流れは太くならず、細くなりながら流れていくはずですね、筆の穂先のように。実際には出てきた息は明らかに膨張して周りの空気を引きずり込みながら太い流れになって行きますよね。

 このこと一つとってみても、空気中では流れが速いところが周囲より気圧が低いなどと言うことはないのであって、ここにベルヌーイの定理をかざすのは間違いなのです。

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 2、ティッシュペーパーを吹く  

 「口の下にティッシュペーパーを当てて息を吹くとティッシュペーパーが息の方向に持ち上がる。これはベルヌーイの定理で流れのあるところの気圧が低くなっているのでティッシュペーパーは引き上げられる。」というものです。 


 これもアンダーソン博士の指摘通りベルヌーイの定理ではなくコアンダ効果によるものです。

  息の流れがペーパーに沿って下向きに曲げられる位置関係(きっかけ)になると、ペーパーは固定されていないので息の流れる方向にコアンダ効果で引き上げられるのです。  図2。

                    図2


 曲がった面を作れない硬い紙では空気の流れが紙に添いにくいので、流れを曲げるというコアンダ効果のきっかけが起きないので、紙を上に持ち上げることはできません。

 空気の流れは空気の粘性で「周りの流体を引き込む」性質があります。例えば面でなくて糸のような場合は持ち上がる位置関係があります。それは気圧が低いから持ち上げられるのではなく、周りの空気と一緒に流れの本流に引きずり込まれているのです。(別資料で引きずりと表現しています)



 3、机上の紙片を吹く 

 「机上に置いた紙に横から息を吹きかけると、ベルヌーイの定理で上面の気圧が下がって紙は上方に引っ張られ、めくれてしまう。」というものです。 


 これは紙の手前で、机と紙の隙間に息が入り込んで紙を持ち上げてしまうからであって、紙と机との隙間に息が入らないようにすれば、例えば紙の中間をいくら吹いても紙が持ち上がることはありません。 実験の条件設定のミスなのです。図3。

                 図3



4、回転するボール  

 「回転するボールが曲がるのは、回転で空気が巻き込まれ、空気が早く流れる側ができて、その反対側は遅くなる。ベルヌーイの定理より、早く流れる側は遅く流れる側よりも圧力が低くなってボールには力が働いて曲がる。」というものです。


  一見、説明内容は実にわかりやすい。ベルヌーイの定理を知っている人ならすんなり同意すると思われます。

 しかしこれもアンダーソン博士の指摘通りでベルヌーイの定理が作用しているのではありません。マグヌス効果で曲がるのです。 

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マグヌス効果(Magnus effect)とは、回転しながら進む物体にその進行方向に対して垂直の力が働く現象を言う。(マグス効果とも)

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 私見では以下のように補足します。 

 テキサスレンジャーズの投手、ダルビッシュの投げるボールは速い時で時速160km/hに達します。160km/hは44.4m/sec。そして直球の時のボールの回転数は約41.4回/秒との情報があります。

 ボールの直径を74mmとすると半径は37mm。 

 これより、回転するボールの表面の速度は、 

41.4回/秒×2π r(m)/1000 =41.4×2×3.142×0.037m=9.6m/sec  となります。

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  従来の説明で必ず言われるのが、バックスピンの場合はボールの回転で上部の周りの流速が速まり、ボールの下部の流速が遅くなって、その速度差で気圧の差が生まれるというものです。

  つまり、44.4m/secで飛んでいるボールの上面の速度が54m/sec(44.4+9.6=54)に加速され、ボールの下面が34.8m/sec(44.4−9.6=34.8)に減速されるからボール周りの空気の流れに速度差ができて、ベルヌーイの定理で気圧差が発生し、ボールに上向きの力が発生すると言うものです。

 このような数値は示さずとも、そうなることを連想させて納得させています。

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             図4 


 しかしそう言うことではないのです。ボールの上も下もボールから少し離れたところでは流速は同じ44.4m/sec。ボールの上部と下部で表面からの速度勾配が異なるだけなのです。

  つまり、ボール表面から見れば上部の境界層では、0m/secから34.8m/sec(44.4−9.6=34.8)までの速度勾配が起きて、下部では、0m/secから54m/sec(44.4+9.6=54)までの速度勾配が起きるだけなのです。図4。

  空気中では境界層の厚さは数ミリとしている解説が多いですが、果たしてボールの場合の境界層の厚さはどれくらいなのか、残念ながら私にはその知識がありません。 


 アンダーソン博士の主張するように、ボールが上向きの力を得るのは、マグヌス効果によるものであり、一様流中で回転する円柱や球体が図4のような流れを作り出して、図5のような仕組みでボールに力が働くのです。 

図5 


 マグヌス効果とは、流体中の回転する物体が流れに直角方向に力を受ける現象です。

 「ボールが回転することで、空気の流れは引きずられて図4のような流れになる。

 物体が空気の流れる方向を変える時に空気の質量と速度に比例する大きさで物体に作用するので、図5で言えば、角度a°の範囲で空気を曲げているからボールの表面に力A(青矢印)で表した大きさで働く。

  一方ボールの下面では角度b°の範囲で空気を曲げているから、ボールの表面に力B(青矢印)で表した大きさで働く。

 流れを曲げる範囲を考えると、a°>b° なので曲げる反力も A>B となる。

 ボールには上向きの力A−Bの鉛直成分が作用することになる」ということなのです。

 野球ボールの縫い目やゴルフボールのディンプルは引きずりを大きくするので、縫い目やディンプルのあるボールの場合は角度aと角度bの差は大きくなり、A—Bも大きくなる訳です。


 つまり、「原理1」によってボールの前側の高い気圧、後ろ側の低い気圧の差による力と、「原理2」で示したマグヌス効果にによる力が加わるのです。 円形の断面は「原理2」が最大に作用する形なのです。 



5、凸形状 

 「平板上に凸形状の物体を置いて、そこに空気の流れを当てると、凸部の流速が増して気圧が下がり、物体に揚力が発生する。」というものです。 図6。

 

  先述した紙一枚を机上に置いた例と似ていますが、このような解説もたまに見受けられます。 そしてこれに続いて、翼の揚力も同じ原理であるとしている場合が多いようです。

 置いた物体の下に空気が入り込まないことが前提です。

                図6 


 これで揚力が生まれると書いている人は実際に自分で実験して見たのだろうか?

  問題は、揚力の有無は凸部を通り過ぎた空気の流れがどこへ向かうか?に影響されるということを見逃していることです。


 図6のように凸部を過ぎても再び平面に沿って流れるようであれば、上向きの力は発生しません。つまり凸形状だからと言って流れ去る方向に変化がないので、流れを曲げたことにはならず、揚力が発生することはないのです

 図6で、もし置いただけの物体が持ち上がるとしたら、物体の下に空気が入り込んで持ち上げたのか否かをしっかり観察しなければなりません。 


 凸部を過ぎて空気の向きがコアンダ効果によりに曲げられるなら、揚力(上向きの力)が発生します。 図7。

               図7


 私の実験は以下のようなものです。動画1。

             動画1


なぜ、「ベルヌーイの定理で、」という説明をするのでしょう?

 「揚力発生のメカニズム」でも述べましたが、一つはベルヌーイの定理が、つまり、「流れのあるところは気圧が低い」とすることが現実の空気中で起きている様々な事象の説明に「もってこい」の「どんぴしゃり」だからなのです。

 しかも、

 「定理」と名のつくものは何人も犯すことはできない正論に用いられます。
 そこに落とし穴があるのです。


 問題は、その理論を当てはめて良いかどうかの検証が不十分のまま、安易に当てはめてしまっていることです。


 2000年12月、アンダーソン博士とエバーハート博士が、翼に揚力が発生する説明にはベルヌーイの定理は当てはまらないことを発表しました。偉大な発見だと思います。私にはその説は目から鱗でした。

 しかし、その他のことで何か引っかかることがあって、その後も自分なりに悩むことになるのですが、一つの迷いを吹っ切らせてくれたことは間違いないのでした。


 私見で述べましたが、音が音速で伝播することは誰でも百も承知です。

 その音は空気の疎密波であることも誰でも百も承知です。音は気圧が高い低いの縦波です。

 さすれば気圧の差の解消は音速で伝播することになるのですが、こういう見方をしていないから間違うのです。

 そしてベルヌーイの定理を当てはめるために、この時だけ空気を非圧縮性の気体として扱ってしまっているので、空気の物性や動きを考えた時に最も重要な、気圧差が音速で解消されるという特性を見逃してしまっているのです。


 気圧の差が生み出されることが続かなければ、瞬く間に、音速で気圧の差は解消してしまいます。花火がいい例です。


 気圧の差を生み出し続ける吹き出し口などの場合は、雰囲気中に放たれた空気の流れは、放たれた途端に流れの気圧は雰囲気と同じになり、その後は慣性で動いているということを見逃してはいけないのです。

 空気中を移動する翼の表面には気圧差が発生し続けてその気圧差に導かれて流れ、そして翼から離れた流れはもはや慣性で動いているのです。

翼周りの空気の流れは全て、翼周りに発生する気圧差に導かれて流れているのです。


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The plane is flying like this! 「空力」のトップページ 翼に揚力が発生するメカニズムの説明にベルヌーイの定理は使えない。 簡単な実験で証明して揚力発生の真のメカニズムに迫る。 <車の実験屋の空力実験室> Hase Aerodynamics Labo 長谷川隆

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