揚力発生の従来説への疑問  Questions about the conventional theory of lift generation.

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 1、初めに

  飛行機の翼にはどのようなメカニズムで揚力が発生するのか、という基本的な命題に対して、その原理を解説する答えは、巷ではまだ一つに収束してはいません。

  従来説を整理してみて、実に多くの解説が科学的テーマを論ずるにしてはかなり定性的な表現に終始していることが分かりました。 

  実は従来の説をどうこう言いたくはなかったのですが、従来の説にいくつかの疑問を抱いたことが私見を整理するきっかけになったことでもあるので、従来の説に対してどう考えてもおかしいと思うところは、はっきり理由を述べた上で、そして実験で確認した上で私見を述べさせて頂きました。

  当然ながらその「説」に対しての疑念であり、それを唱えていらっしゃる個人への非難では決してありませんので誤解無きよう確とお願いするものです。


  では早速、 

 翼に揚力が発生するメカニズムとして、主流となっているのは以下の2説です。


 一つは

  <循環とベルヌーイの定理説> 

 「翼の周りに時計回り(飛行機は左向き)の循環が発生し、飛行する翼の上面を流れる空気の流れが下面の流れより速くなる。よってベルヌーイの定理により、翼の上面の気圧が下面の気圧より低くなり揚力が発生する」と言うものです。

 ・世の中の多くの方々がこの説に賛同しておられます。大学教授や高校の物理の先生方の Websiteを拝見すると大半がこの説で解説しておられます。 

 つまり大学や高校では大方このように教えられるということで、私も1960年代(ウワァー昔過驚!)このように学びました。


 もう一つの説が 

  <コアンダ効果と作用反作用説>  

 「翼の上面の空気の流れがコアンダ効果によって下方に曲げられ、ダウンウォッシュとして放出される、その空気を下に曲げる力の反作用(ニュートンの第3法則:作用半作用の法則)で翼に揚力が発生する」と言うものです。

 ・2000年12月に米国のデイビッド・アンダーソン博士とスコット・エバーハート博士の共著「Understanding FLIGHT」でこの理論が発表され、世界中に一大センセーションを巻き起こしました。 

  写真は第2版。 

 最近、この説に賛同していると思われる解説がWeb上に多くなってきました。


 さて、貴方はどちらの説に賛同していますか? 

 私はどちらの説にもいくつかの疑問点を抱いていますので、まずその内容とそれに対する私見を述べることにします。


 2、二つの説に対する疑問と私見

  まず、

 <循環とベルヌーイの定理説> 

  この説の揚力発生メカニズムのフローは以下のようです。

① 循環理論により、翼の周りに「循環」の流れが発生する(左に進む翼の断面で時計回り)

② 飛行による流れと循環の流れの合計した流れでは、翼の上面の流速が下面より速い

③ ベルヌーイの定理で翼の上面の気圧が下面の気圧より低い 

④ 翼の上下の気圧差により揚力が発生する


 疑問点1:循環理論は正しいか? 

 翼の上面の空気の流れが下面の流れより速いことは飛行機の黎明期から知られていました。

 問題はそのメカニズム、「なぜ翼の上面の空気の流れが下面の流れより速いのか?」と言うことです。

  当初広く認知されていた、翼の先端で上下に分かれた空気の流れが同時に後端へ達するという「同時到着説」が間違いであり、それどころか、翼の上面の流れが下面の流れよりも早く後端に到達することが、科学技術の発展に伴う高精度な実験で明らかになったのです。

 一方「循環の存在」(クッタ・ジューコフスキーの定理)を、クッタ氏が1902年、ジューコフスキー氏が1906年に提唱して、広く採用されて今日に至っています。

  まさにライト兄弟が動力式飛行機で飛んだ1903年と時を同じくして「循環の存在」が提唱されていたことになります。 


 <循環理論>  

 クッタ、ジューコフスキー両氏が、循環の存在に加え、循環発生のメカニズムを同時に提唱していたか否かは私の調査では分かりませんでしたが、現在は以下のような解説がなされています。

 「飛行機が飛行場を出発する時に、翼の後端に反時計回り(飛行機は左向き)の出発渦ができる。(図1)

 すると、それを打ち消すように、翼周りに時計回りの循環が発生する。(図2)


  出発渦は飛行場に残るが、飛び上がった飛行機の翼周りの循環は、翼端での回り込みから発生する翼端渦の軸を通して概念的に出発渦と繋がっている。(図3) 

 飛行場に置いて来た出発渦はやがて消えるが、循環は飛行機が飛んでいる間継続する」

というものです。 


  なるほど、翼周りに循環の流れがあれば、翼の上面の流れは下面の流れより速いであろうことを直感的に連想させます。 

 しかし、例えば流れが見える川の流れで言えば、流速Aの川と流速Bの川が合流すると流速が(A+B)になるかと言えば、決してなりません。

  合流後の流速と方向は元の二つの流れとは無関係に、その後の川の傾斜、つまり位置の高さ勾配によって決まります

  同様に、飛行による空気の流れと循環なるものが合流した後の流速と方向は、元の二つの流れとは無関係に、気圧の高さ勾配によって決まる筈です


  とは言え、「循環理論」に戻って、まず以下の疑問が湧いてきます。

 ・どんな力がどのように働いて小さな出発渦なるものが、反対回りの翼全体を包む大きな「循環」に発達するメカニズムは?そのエネルギーは一体どこから来るのか?そして、

 ・ 離陸後、飛んでいる間ずーっと、翼周りの「循環」なるものを継続させるメカニズムはどうなっているのか?そのエネルギーは一体どこから来るのか?  


 実はこれらの素朴な疑問に答えてくれる、科学的・定量的な説明が全く見当たらないのです。

 定性的な説明は先述のとおりで、「出発渦を打ち消すように」とか、無くなってしまう出発渦なるものに「渦の芯が概念的に繋がっている」といった哲学的な言い方で濁されても、私は理解も納得もできないのです。

 この理論は全く説得力がないと言わざるを得ません。

 今までどうしてこんな不鮮明な状態で100年以上も放置されてきたのか不思議に思えてきます。


 滑走路と翼に挟まれた空気が翼が通り過ぎるとめくれ上がって来る、と言う出発渦なるものが発生しない場合、例えば宇宙から成層圏に再突入したスペースシャトルや、手投げの模型飛行機などは出発渦なるものが発生しないから循環とやらも存在しないことになり、飛ぶことが出来ないことになってしまうのですが・・・!?

 これらの現実を見るだけで「循環理論」は完全な間違いであることが明白でしょう。

 

 飛ぶ原理は100年前から解っている、と仰るのは単に100年前の理論を信じているからに過ぎません。しかしそのような翼周りを一巡する循環など存在しません。あるのは翼の前側から後側への単なる「回り込み」です。(詳細は後述します)

 最近、「カルマン渦」が循環のエネルギー源であるとの専門家の解説を見つけましたが、カルマン渦は物体の下流に発生するものであり、しかも都合の良い一方向の渦だけが残ることなどは決して無いのです。


 疑問点2:ベルヌーイの定理を適用できるか? 

 あるWebsiteには、「翼の周りには循環が存在していて、ベルヌーイの定理により、何トン、何十トン、何百トンもの飛行機を持ち上げるだけの気圧差が生まれているのである」 と解説されています。

  しかし、この表現では科学的・定量的な説明とは到底言えないでしょう。 


  単純な計算で恐縮ですが、例えば翼面積が約541㎡のジャンボ747-400ER の最大離陸重量が412.8tとなっているので、 

  412.8t/541㎡=412.8×1000kg/(541×10000㎠) ≒ 0.076kg/㎠ 

 つまりこのジャンボ機が飛び立つためには翼全体の上面と下面で、0.076気圧より大きな気圧差が発生していることになります。少し広げた高揚力装置の面積を無視した単純な計算です。

  滑走速度は時速何キロで、その時循環の流れは時速何キロになり、その結果翼の上下の速度差がそれぞれ時速何キロになり、そこにベルヌーイの定理を用いて計算すれば、翼の上下面で0.076気圧より大きな気圧差が発生する、という解説であって欲しいわけです。


  私はベルヌーイの定理を学んだ当時、「粘性もなく、非圧縮性の理想気体」というものの質感を全く理解できませんでした。

  そんな理想気体の中では音は伝わらないから人間の文化には音楽や言語は存在しないし、圧縮工程のないエンジンは回らないから自動車は存在しない、などと考えると、ベルヌーイの定理を身の回りの現実の事象に適用できる例はついに見いだせなかったことを覚えています。


 <私の実験> 

 疑問点2、の「ベルヌーイの定理を適用できるか?」を確かめようと、以下の実験をしました。

 吹き出し口から約6.2m/secで下向きに空気が吹き出ています。

  そこに四角い画用紙を垂らしました。背景の線と線の間は2cmです。

  飛行機では翼の上側と下側で空気の流れに速度差が発生しています。それと全く同じように、画用紙の左側と右側で空気の流れの速度差ができています。ベルヌーイの定理が当てはまるのなら、流れによって気圧が低いという左側に画用紙は引っぱられるはずですが、全くその様子がありません。 


  つまり流れが速い画用紙の左側が、流れていない右側より気圧が低いことなどはないのです。


  ところで、ベルヌーイの定理の説明には、

 「外力のない、非粘性、非圧縮性流体の定常な流れの時に成り立つ定理である」という条件が必ず付記されます。

  これはつまり、 「粘性があり、圧縮性もある現実の空気中での事象にはこの定理は当てはまりませんよ!」 とわざわざ、ベルヌーイ氏が断っていらっしゃるのですよね! 

  なのに皆さんはこれを無視していらっしゃる。

  どうして無視するのでしょうか? その理由も後述します。


  思うに、非常に圧縮性に富み、大きな粘性もある我々の身の回りの空気は、理想気体を定義する二つの物性が二つとも大きく異なっていて、このような現実の空気中での事象には、ベルヌーイの定理は適用できないのです。


  しかし、現実に翼の上下面に「流れの速度差」と「気圧差」が存在していますが、そのメカニズムは別資料「揚力発生のメカニズム」で説明しています。


  次に画用紙の下部を右に曲げてみました。すると画用紙は大きく左に引き上げられました。先ほどの平らな画用紙の場合も含めて観てみましょう。

 この画用紙が左に引き上げられる事象はコアンダ効果によるものです。 

 粘性のある流体は面に沿って流れる、というのがコアンダ効果、近くに動かない面があれば流れは面に引き寄せられるような動きをしますし、凸面では回り込んでいきます。


* 凸面に沿って曲がり込むとき、面直方向にその物体を引っ張ることは「コアンダ効果」では言及していませんが、作用反作用の法則を考えれば当然、力関係は理解できます。


  私のコアンダ効果の実験では、空気の粘性で画用紙に沿って流れようとして、凸の部分で流れを曲げているから画用紙に反作用の力を及ぼしているのです。気圧で言えば、流れを曲げている凸の部分で空気が拡張されようとして気圧が下がるのです。


  ところで、翼に発生する揚力を説明するのにベルヌーイの定理は、実は「持って来い」の「どんぴしゃり」なのです。

   ① 翼の上面の流れが下面の流れより速いという速度差発生 

   ② ベルヌーイの定理を適用して翼の上面の気圧は下面より低いという気圧差発生 

   ③ 揚力発生 

  これで一見何の矛盾もないように見えます。 

  だから間違いやすいのです。 


  真実は、私の実験結果から分かるように、(くどいようですが) 

 「速い空気の流れがそれより遅い流れより気圧が低いことはない。これはとりもなおさず、翼の上下面に発生する気圧差の説明にベルヌーイの定理は使えないことを示している」のです。 


  私の実験結果は、アンダーソン博士とエバーハート博士が言われる、 

 「翼の上面の流れが速いから気圧が下がるのではなく、上面の気圧が低いから流速が増すのである」ことを示唆しているのです。 


 つまり、「流速の差」&「気圧の差」のどちらが先か?まさに鶏と卵の関係ですが、 

 「循環とベルヌーイの定理説」は「流速の差」が先でその結果「気圧の差」が生まれる。

 「コアンダ効果と作用反作用説」は「気圧の差」が先でその結果「流速の差」が生まれる。 

との主張なのです。

  あれっ!? 川の流れのところで確認しましたよね! 

 「空気の流れの速度と方向は気圧の高さ勾配によって決まる!」 

のでしたね!! 


  次に、

 <コアンダ効果と作用反作用説>

  この説の揚力発生メカニズムは以下のようです。 

① コアンダ効果により翼上面の空気の流れが下方に曲げられる 

② 流れを下向きに曲げる力の反作用で翼に上向きの力(揚力)が働く

注:下向きに曲げられたダウンウォッシュの反力が揚力となる、との解説が見られますが、そうではなくて、曲げる反作用で揚力が生まれると言うことなのです。ダウンウォッシュは流れを曲げた結果なのです。

  しかし、私はこの説に大方賛成するものの、いくつか疑問点が残ったのでした。


 疑問点3:コアンダ効果だけで飛行機を持ち上げられるか?  

 空気が曲げられる時の「質量×下向きの加速度」の反力が飛行機の揚力になるという考え方には、ニュートンの第3法則(作用反作用の法則)から、なるほどと思います。

 F=ma  (F:揚力、 m:質量、 a:下向き加速度)

  つまり、翼全体(上下面)で下向きに曲げている空気全体を考えれば、この関係が生じていることは理解できます。但し、揚力全体を言い当てているかどうかは別問題です。


  しかも、ニュートンの第3法則の作用点となる相手が個体ではなく翼の上方にある空気(気体)であることから、文字通り雲を掴むようなイメージになってしまい、なかなか理解されにくいことは事実のようです。 

  そして、アンダーソン博士とエバーハート博士は、翼の上面だけを強調して下面には全く頓着していないのです。 


 しかし私は翼の下面の働きも上面同様、十分大きいはずだと考えるのです。

  なぜなら、高速で走る車の窓から顔を出し、風が当たって柔らかい頬が凹んでいる動画や、水上スキーや、さざ波が寄せる砂浜で丸いボードを水の上に放り投げて、すぐそれに飛び乗って滑って行く遊びを見ると、翼の下面も無視できないどころか上面と同じように、下から翼を押し上げる大きな力が働いていると確信するのです。

  そして、建築工学の世界では、風が建物に当たって力を及ぼす「風圧」の概念が確立していて建造物の設計に生かされているのです。

 つまり、「コアンダ効果と作用反作用説」は揚力発生理論の一部分しか言い当てていないと思うのです。


 <双方の説に共通した問題点>

について 

 疑問点4:空気を非圧縮性として扱えるか? 

 それぞれの揚力発生の解説の中で明文化せずとも、ベルヌーイの定理をかざした時点で空気を非圧縮性とみなしていることになります。 

 恐らく私以外の全ての方は、揚力を解説するときは空気を「非圧縮性」として扱っていらっしゃいます。

  なぜでしょう? 

それは、

 ・「ベルヌーイの定理説」では、

  流れが速いところはそれより遅い流れのところより気圧が低くなる。と、ベルヌーイの定理を揚力発生の直接のメカニズムにしているからです。

 ベルヌーイの定理は理想気体(非圧縮生・非粘性)が前提でしたね。

  一方、

 ・アンダーソン博士とエバーハート博士の「コアンダ効果と作用反作用説」では、 

 翼の上面の流速が速まる原因は翼上面の気圧が低いからであるとし、「(流速が速まるということは)体積は変化せず、真空ができることに対して抵抗があるからである」としています。 

 両博士は、分かり易くする為に、恐らく私たちの多くが経験したであろうボート遊びの「水とオール」の関係を上げて説明しています。真空ができることに対して抵抗が発生するためには空気は水のように非圧縮性でなくてはならない、と考えておられたようです。

  つまり、あたかも水が非圧縮性であるがために真空ができることに対する抵抗が発生している、空気についてもそうだ、と考えれば理解し易いのです。

  しかし私は、空気は圧縮性に富んだ気体であるけれども、水の場合と全く同じように真空ができることに対して抵抗ある動きを示す、と考えています。

 ただ空気は質量が小さいので抵抗を感じにくいのです。

  つまり、空気中でオールを動かしても、水中でオールを動かした時の水の動きと全く同じように空気が動くのですが、空気は見えない上に質量が水の770分の1と非常に小さいことで、水とは違うと感じてしまうのだ、と私は理解しています。

 粘性と質量が大きく違うだけで、水も空気も同じ流体なのです。風呂に入って手のひらを水面で動かした時に見える水の動きは、殆ど同じように動く空気の動きの断面を見ている筈なのです。


  両博士は、空気中でも真空ができることに対して抵抗が発生する、と説明するためには水と同じように、空気を非圧縮性とせざるを得なかった(理解されやすい)のです。

  また、「こうして空気は圧力が減少することで翼の上面で加速されるのです」とも仰っていますが、気体の圧力が減少するということは気体が自由膨張していることに他ならないので、恐らく非圧縮性と仮定することに矛盾を感じられていたに違いありません。


 つまり双方の説の提唱者は、それぞれの説を成り立たせる為に、空気を非圧縮性と暫定的に定義せざるを得なかったのです。空気が圧縮性の気体であることなどは百も承知だったはずです。

  私は揚力を語る時は、空気はありのままに非常に圧縮性の高い物質として論ずるべきであり、ましてや物性を曲げて真実と違った条件での議論はすべきではない(間違った方向へ進む)と思うのです。

 言いたいことは、

 「翼の周りの空気の流れは、実は気圧の差が先にできるからそれに導かれて動いている」のです!!

 それに、

  「空気を非圧縮性などと定義してはいけないし、圧縮性を伴った素早い回り込みは空気の特性として、揚力を考える際には非常に重要な着目すべき点である」

と言うことなのです。 


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「揚力発生のメカニズム」

飛行機はこうして飛んでいる!

The plane is flying like this! 「空力」のトップページ 翼に揚力が発生するメカニズムの説明にベルヌーイの定理は使えない。 簡単な実験で証明して揚力発生の真のメカニズムに迫る。 <車の実験屋の空力実験室> Hase Aerodynamics Labo 長谷川隆

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